さわやかな目覚めなんてもの、これまでの人生を振り返ってみたところでそうそう思いあたる節がなかった。 いつだって寝起きはだるいし、できることなら二度寝したいのを渋々諦めて起きるか、偶に誰かの声に追い立てられるようにいやいや目を開ける。 そして半分寝たままの頭と体を引きずって薄い布団から這い出る。 たいていはそんな感じだ。
普段でもそれだから、加えて二日酔いなんてものになった朝は起きる気力なんて出るはずも無かった。

朝、起きた瞬間から目が覚めたことを後悔する。 自分の息といわず、体中からアルコールの臭いがする気がする。 原因なんて考えなくても分かる、昨日長谷川さんと屋台を梯子して飲みすぎかのが悪かったのだ。 ここのところ少々気になっている事があって、そんなもやもやを振り切るようにあんたも明日っつーか、どうせずっと仕事なんて無いんでしょ、とずいぶん遅くまで飲み歩いた。
幸か不幸か今日は依頼が入っていないのをいいことに、銀時は起きる気はゼロで布団の中で寝返りを打つ。
目をつむると、頭の中で鈍い痛みが脈打ち、内臓がぐるぐると流動しているような気がしてくる。 もう一度意識を手放してこの気持ち悪さから解放されたいと願っているのに、こんな時ばかり二度寝の睡魔は襲ってきてくれない。
布団の中で唸っている内に押入れの戸が開く気配とトン、と軽い音と振動が響いて「銀ちゃんおはよぉ」という半分アクビに溶けている神楽の声が近づいてきた。
「銀ちゃんまだ起きないアルカ」
「あー……銀さん今日ダメだから」
神楽の声から逃げるように布団を引き上げて芋虫みたいに布団に潜り込み、ちょっと放っといて、あと、あんま大きな声ださないでと布団の中からもそもそ喋る銀時の冴えない様子に神楽も気が付いた。
「二日酔いアルカ、マジでダメな大人アルナ」
「うん、そうね、あーもう酒なんて飲まねぇ」
「銀ちゃんソレいつも言ってるアルヨ」
「………」
事実なので反論のしようもない。布団の中からちらりと伺うと寝ぐせだらけの頭で神楽がこちらを見下ろしていた。
「ま、いいネ。銀ちゃんの分の朝ごはんは私が貰うアル」
朝ごはんなんて食べる気もしなかったが、銀時の返事も待たず神楽は台所に駆け出して行く。
「ちょっ、神楽バタバタ走るのはやめ……」
銀時の言葉は、炊飯器に向かう神楽に届かない。
しばらくして出勤して来た新八は、こちらの様子をのぞきにくると「またですか」と呆れた顔をして、でも仕事が入ったら起こしますからね、と釘を刺していった。 そんな簡単に仕事が来たら誰も困んねぇっつーの。


布団の中でごろごろと時間を過ごしながら聞いていたのは隣の部屋のテレビの音と話声、そこに入ってきたのはピンポーン、と来客を知らせるチャイムの音だ。 余韻のように銀時の頭の中でも鐘を鳴らす、むしろ打ちつける、そんな妄想を思い浮かべていると隣の部屋が騒がしくなっていた。
す、と障子が開いたかと思うと、そこから顔をのぞかせた人物は銀時に何を言うでもなく「ほんとうだ、リーダー」そう言って、向こうを振り返る。 何が本当だうわさ話ですかこのヤロー、見世物じゃねーぞ。
「まったく情けない」
二日酔いとは、そう言って呆れたようにこちらを見下ろすのは久しぶりに見る桂の顔だった。
前会ったのはいつだったか、体調不良を訴えてくる頭でわざわざ考えなくてもわかる。桂に会ったのは22日前の飲み屋が最後だと、日数までスラスラ出てくるのが自分でも女々しいと思う。 その時は特に何を言ったわけでもない、いつものように世間話をしてじゃあまたと別れたのに、それ以来桂は一度として連絡を寄こすことも無く、街で見かけることもなかった。
どうせ攘夷活動とやらに忙しいんだろう、と納得したフリをして、実は今日で何日目と数えては前の不在時と比べてアイツはいつもこんなもんと思い込もうとしていたなんて絶対知られるわけにはいかない。
なのに桂はそんなこと気にもしていないような顔で、枕元に膝をついて腰を下ろした。
その後ろで勝手に障子が閉まる。神楽だか新八だか知らないけど、何なのその気の使い方は、と何とも言えない気分になる。
「ったく、病人のところにズカズカ入ってくんじゃねーよ」
「誰が病人だ、たかが二日酔いのくせに」
いい年して体調管理もできんのかと、久しぶりに現れて他に言うことあるだろうと言いたくなるほど桂は普段どうりで、銀時は飲みすぎたのだってもとはと言えばと言いそうになって口をつぐむ。 相手の顔を見て言ってやりたいことと、単純に体調不良の相乗効果か胃の中が攪拌されているようにムカムカする。
それでも何か言ってやろうと思って口を衝いて出たのは、
「ヅラ、ちゅーして」
「は?」
自分の言った言葉に自分で驚きながら、桂はいつもの無表情がぽかんとした顔をして、それだけは少し胸がすく気がした。 なんでこんなこと言っちゃったんだろうと思うものの、「やっぱ今の無しで」とも言えない。
「ほら、治るかもしれねーじゃんインフルエンザの時みたいに」
「二日酔いはウイルス性ではない」
我ながら馬鹿なことを言ったなぁと思っていると、どうしたものかなと銀時の言葉を図りかねたように、桂が銀時の額にそっと触れた。不精をして風呂に入らなかった少しぺったりした銀時の髪を撫でながら、 酔っぱらいの相手をしにきたわけではないぞ、と言うくせに触れる指先は優しくて心地よい。 それは桂がちょっとは悪かったと反省してるとか、気にしてるとか、自分に都合よく勘違いしそうだった。そんなこと気にしてくれるような奴じゃないのに。
このまま寝たふりをして、全部無かったことにしよう。そう思って目を閉じた時、ふいに額に柔らかいものがふれた。 それは一瞬で、反射的に目を開いた銀時の視界には桂の肩から滑り落ちた黒髪が揺れていた。 頭に触れていた桂の手がするりと髪を撫でると、こちらを見てふ、と笑う。
「酒臭い」
桂は枕元から立ち上がると「ではお大事に」と一言残して襖の向こうに消えていった。 糸のような障子の隙間をしばらく眺めて、銀時はのそりと上半身を起こすと、撫でつけられた髪をガシガシとかき回す。 相変わらず頭は重いが、胸のむかつきは何だかマシになった気がする、なんて。
「あーあ、我ながら単純……」
こんなものそのへんの薬よりタチが悪い。
襖越しに、三人の賑やかな話声が聞こえてくる。 神楽が最近万事屋を訪れなかった桂に、酢昆布1ダースで誤魔化されないと怒っているらしい。 その声が少し羨ましい。神楽に知られたら馬鹿にされるんだろうけど、大人には言いたくても言えないことがいっぱいあるのだ。 勝手にいなくなるのはやめてくれとか、どこで何やってるんだか実は気になってしょうがなかったなんて、まだ言えないしいつか言えるようになるのかも分からない。
情けないのは承知の上で、今はせめて神楽と一緒になって不在を詰ってやろうと銀時は布団を抜け出した。