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「だからってコレはねーだろ!」
「まぁまぁ一日たてば元に戻るのだ。そう慌てることもないだろう」
猫の話では姿が変わるのは24時間程度と言っていたはずだ。時間がたてば自然に元の姿に戻るのだろうが、逆に言えばそれまでは自分ではこの耳やシッポを外すことはできないということだった。
なにせ耳もシッポもしっかりと銀時たちの体から生えているらしく、無理やり引きちぎろうものならば大変痛い思いをすることになりそうだ。
「だけどよぉ、アイツラになんて言うよコレ」
銀時が気にしているのは、まだ寝ている神楽とあと数時間もすれば出勤してくる新八のことだ。
一夜にして大の大人二人に猫耳とシッポが生えました、なんて。子供たちにどん引きされるに決まっている。
他の人にこんな姿を見られないようにするには一日くらい外に出なければ済むけれど、神楽や新八に隠し通すことは不可能だろうと銀時は項垂れる。
「まぁまぁ落ち着け」
そう言って桂がぺろりと銀時の頬を舐めた。
「ちょっ、何やってんの!」
突然の行為に思わず後ずさった銀時に、桂が不思議そうに首をかしげる。
「なんだ、猫のときは逃げなかった癖に」
「いや、フワフワモコモコの毛の上から舐められんのとじゃわけが違いますから」
確かに猫だったときは毛づくろいも兼ねてお互いに毛並みを舐め合ったりもしたような気がするが、そんなの半分猫の習性のようなものだ。
「つーかお前、相変わらず順応性良すぎだろ……」
濡れた頬をこすって、恨めしく思いながら見る桂は相変わらず平然としている。
「侍たるものこれくらいのことでいちいち慌てたりはしないものだ。それに、あのときと違って、毛がつかないからやりやすい」
「あっそ。……あぁそういやあっち舐める時もいっつも嫌がってんもんね、口の中に毛が入ったって」
銀時の揶揄に、桂がわずかに眉をしかめる。さっきから自分ばかりが慌てふためいていたようだが、その顔に少々溜飲の下がる気がした。
そういえば、さっき舐められた桂の舌もいつもよりザラザラしていた気がする。
「舌も猫になってんのかも」
「そうなのか?」
ちらりと舌先を出して見せる桂に、自分じゃ見えないでしょうが、とその手を取って「ほら、」と銀時は指を一本自分の口に含む。
桂の指の腹に舌を押し付けるように舐めて、指先と爪の間に舌先をすりつけた。
唾液がこぼれないようにと指に吸いつくと、二人の間で朝に相応しくない濡れた音が響いた。
「ん、ちょっと固い、気がする」
そう言って桂が、唇から離れた手を引っ込めると、ぎゅっとその濡れた指を握り込んだ。
銀時は時計を確認する。神楽が起きてくるのも、新八が出勤してくるのもまだあと二時間ほど先だった。
それなら二人に気づかれる前に、自分たちの体がいったいどこまで猫になっているのか確認するのも大切ではなかろうかなんて、用意した言い訳は自分用に。
「このザラザラで舐めたらどんな感じだと思う?」
そう言うと桂のシッポがそわそわしたように揺れた。
「ちょっ、お前ほんとへンタイな」
「うるさい」
お返しにと再度桂が銀時の鼻先を舐めて、どうだ?と聞いてくる桂の腰を引き寄せると二人して再び布団に転がった。
* * *
お互いに服を脱いで、色んなところを弄り合って。分かった事といえば、しっかり下半身にも銀時の希望が叶えられていたということ。そしてそれをさっそく使用してみた結果として、
二人のてのひらは肉球だけではなく実は爪まで内包していたことが分かった。桂の猫パンチにやられて銀時の左頬にはしっかりと赤くミミズ腫れが残っている。
じゃれあいと言うには激しいやり取りを終えて、達成感と充足感に満たされて寝転がる。そうしている内に、耳が捉えた微かな音に、はっとして二人同時に窓の方を振り返った。
敏感になった聴覚は階段を登ってくる人の足音に反応していた。
慌てて時間を確認すると時計はすでに8時過ぎを指している。すっかり忘れていたが、時間的にも出勤してきた新八の足音で間違いない。
急いで起き上がって、ばたばたと脱ぎ散らかしていた寝巻を着ながら顔を見合わせる。
「おいおいどうするよ、こんな格好で」
「どうするって、真実を話すしかないだろう」
「そりゃそうだけど……」
身支度を整える二人の耳に、ガラガラと玄関を開ける音と、「おはようございます」という新八の声が届く。
「あれ?みんなまだ寝てるのかな?」
まったくしょうがないなぁという独り言までしっかり聞こえてきた。その足音は居間を開けて、誰もいないことを確かめると、そのまま二人のいる和室に近づいてくる。
襖の外で足音が止まって、遠慮がちな新八の声がかかった。
「銀さん?開けますよ、まだ寝てるんですか?」
閉じた襖の向こうから聞こえた声に、どんな反応をされるだろうかと緊張に心臓がドキドキして冷や汗が出てくる。
逃げ出したい気分をなんとか抑えて、二人して襖に向かってなんとなく正座した格好でじっと扉が開くのを待った。
そしてついに、すうっと細く戸が開けられる。
「あれ、二人とも起きてるじゃない、で、す、か……」
新八の声が消えていく。銀時はごくりと唾を飲み込むと、意を決して顔を上げた。
これは猫の恩返しがちょっとした手違いでこんなことになったのであって、好き好んで猫耳やシッポを付けたままにしたわけじゃない。
これは取ろうにも取れないのだと、弁解しようとしていた銀時の声は、
「ニャ、ニャァー……」
としか新八の耳には聞こえなかった。
「………」
驚いたように銀時と桂の姿を交互に見ていた新八は、銀時の声に顔を引きつらせる。
人間の耳では猫の声にしか聞こえないのかもしれないということをすっかり失念していた。
「……あの、そういうプレイは隠れてやってもらえませんか?僕も神楽ちゃんもまだそういうのは、ちょっと」
焦る銀時の目の前で、新八は平坦な声でそれだけ言うとパタンと襖を閉めてしまう。
「ニャッ!」
早足で離れていく新八の足音に混じって、「このヘンタイどもめ」という吐き捨てるような声も聞こえた。
「ちょっ……どうすんだよぉぉぉ!ものっすごい軽蔑の眼差しだったんですけど!」
「貴様の日頃の行いが悪いからだ」
そう言って桂は他人事のように銀時の肩をポンと叩く。
「お前もだろうが!ちょっ、これ、もう俺の立場なくね?」
「大丈夫だ銀時。お前は多分もともとこんな感じだ」
「うっせぇぇぇ!」
腹立ちまぎれに目の前でフラフラと揺れていた桂の黒いしっぽを引っ張っると、桂がニャンと悲鳴を上げる。
「銀時、シッポはダメだっ。痛い痛いっ!」
「いっちょ前にシッポが敏感って設定かよ。萌えキャラ気取りですかテメーは」
「にゃぁんっ!」
桂が涙目で離せと訴えてくるのに、さっきもこんな顔してたよなぁと思って銀時はこんな時だというのに腰の辺りがモゾモゾした。
シッポが弱いのか単にマゾなのか分かりやしないと、さらにギュウギュウシッポを引っ張っていると、パンと勢いよく襖が開いた。
ビクリと振り返ると、そこには先程より一層冷たい目をした新八がこちらを見下ろしていた。むしろ見下していたと言ってもいい。
「あの、ウルサイんですけど」
「ニャー……」
その冷たい視線に気おされて、二匹の猫は揃ってシュンと耳を垂れた。
<終>
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