瞼の向こうでオレンジ色の炎が揺れている。
今日の見張りは誰だっけと考えたが思い出せない。
それとも自分がもうすぐ交代の時間だろうか。 だとすれば後どれくらいこうしていられるだろう。朝になればまた雪の残る山道を一日中歩いて移動しなければならない。
うかつに尻をつくこともできないぬかるんだ道に足を取られながら延々歩くことを思ってうんざりする。そういえば食料ももう底を尽きかけていて、あぁでも米が無ければ砂糖を食べればいいんだっけ。

「糖分ってすげぇわほんと……」

そこで目が覚めた。目の前にはオレンジ色の炎。
しかしそこは野宿している冷たい土の上ではなく、いつもの部屋のいつもの布団の中だった。
暗闇の中で燃えているのは焚火の炎ではなく、平べったい小さな蝋燭の炎。
けれど寝る前にそんなものを付けた記憶はない。
付けた覚えのない火は消さなくてはとさっきまで眠っていた脳で判断を下し、とにもかくにも体を起こして、
「っ、おまっ……何してんの?」
その火の向こうにいる人物と目があって、今度こそ銀時は一瞬で目が覚めた。

いつからいたのか、眠っていた銀時のそばで正座している桂の顔を、蝋燭の炎が下からユラユラと照らしていた。
よくあるホラーの、下から懐中電灯で照らしているあの感じだ。
壁の時計を確認すると、深夜0時になる少し前。銀時が布団に入ったのが確か一時間ほど前だったはず。
「起こしたか銀時」
邪魔しているぞ、と桂が小さな鍋のような物をかき混ぜながら言う。
よく見ると蝋燭の上には足の付いた台座があり、鍋はその台座の上に載っかっている。そんなもの一式すべて、銀時が寝る前にはなかったものなので全て桂が持ち込んだんだろう。
桂自身はどうせいつものように玄関か窓から入ったのだろうが、そんな事より人の寝てるそばで勝手に火を焚いているのはどうか。
「起こしたかって、起きるだろ普通……」
「それもそうだな」
桂は相変わらず小さな鍋をかきまわしている。部屋には甘ったるい匂いが充満している。
銀時はふとんを被ったままそのそばににじり寄り、鍋の中を覗けば部屋の暗さでよくは分からないが黒っぽいものが入っている。
見た目はともかく、匂いで正体の予想はついた。溶けたチョコレートだ。
「今日はバレンタインデーだろう?」
「はぁ」
もう一度時計を見ると、0時を3分回っていた。今日は、といっても、もう2月15日だ。
「貴様のことだ、チョコレートを期待しているだろうと思ってな」
「今さらてめぇに期待することなんてねぇよ」
「まぁそう言うな。今流行りのデコチョコというのもやってみたのだが、あれは耐久性に問題があってな。 真選組に追われている最中チョコレートが粉々になってしまった。それに銃火器の熱にも弱い」
まったく今日が何の日か分かっておらんのか奴らは、と桂が少々怒ったような声で言う。
「まぁねぇあいつらバレンタインデーなんて縁がないんだろ」
「ふむ、全く男の嫉妬とは醜いな」
杓子でかき混ぜる、チョコレートはすでに形も無く食べられるのを待つばかり。
「その点これは少々形が崩れても溶かすのだから問題ないぞ」
できた、と桂が言って、転がっていたスーパーの白いナイロン袋を引き寄せる。中にはイチゴが1パックにバナナが1房、マシュマロが1袋、それに明治の板チョコが10枚くらい。
「そういえば銀時、さっき玄関が開いていたぞ。リーダーもいるのに不用心だ」
「あいつは今日は新八んとこ。それに今日はバレンタインデーに縁の無い奴らがいつもより念入りに見回りしてるだろうから大丈夫だろ」
「そうか、しかしそれは帰るのに難儀しそうだな。……どれがいい?」
「それ。……まぁうちもテロリストが出入りしてるとことか見られてるのもアレなんで、一晩くらいなら匿ってやってもいいけど?」
銀時が指したマシュマロの袋を引きあけて、その拍子に勢いよく飛び出て膝の上に落ちた一つを桂が細い指でつまみ上げる。
そのままマシュマロをチョコレートにとっぷりと浸して、できた甘い甘いお菓子を差し出される。
受け取った舌と唇にべっとりとまとわりつくほんのり温かいチョコレート。
「知っているか銀時、これはチョコレートフォ……」
甘くて甘くて、癖になる、ともっと甘い指先に齧りついた。



<終>