真夜中に目が覚めて、布団の中で寝返りを打った。
暗闇の中でも、押し入れの低い天井の木目がぼんやりと浮いて見える、その小さな部屋の外から何やら物音を聞いたような気がした。
夏に近づくにつれて、最近熱帯夜とまではいかなくても日に日に寝苦しくなっている。
布団を足もとまで蹴って引きはがすと、もう一度目を閉じた。
するとまた、ドーンと叩きつけるような音がした。
うるさい。
神楽は思い当たることが一つあって、眉間にしわをよせて唸った。
今日は桂が泊まりに来ている。

最近めっきり暑くなったからと、桂はアイスクリームを手土産に夕暮れ時万事屋を訪れた。
晩ご飯の後のデザートにみんなでアイスを食べながらダラダラと時間を過ごして、夜が更けて新八は道場に帰っていった。
神楽は、もう遅いからと途中から酒の入りだした大人二人を居間に残してこの部屋に引き揚げてきた。
いろいろと思うところはあるのだけれど、それは最近お徳用チューパットばかりで、久しぶりにちゃんとしたアイスを食べられたからというわけでもなく。
つまりは夜中に物音を聞いても、少しくらいなら見て見ぬふりしてやるつもりがあったのだ。
野暮なことはしたくないアル。
子供に気を使わせるなんて、まったく世話の焼ける大人たちだと思いながら、神楽はごろごろと狭い布団の中で寝返りを打った。
それでも、外から聞こえてくる音は止まない。
神楽は押し入れの中で、むくりと起き上がった。
聞かぬ振りにも限度があるし、眠りを妨げられては神楽様とて堪忍袋の緒が切れるってものだ。
それに、銀ちゃん、やり過ぎるとヅラに捨てられるアルヨ。
それは可哀想と思っていると、またドーンとひときわ大きな音がした。
「あーもう!うるっさくて眠れないアル!」
やはり文句を言ってやろうと押し入れから飛び降りて勢い込んで廊下に出ると、玄関の硝子越しにまばゆい光が瞬いた。
その白さに、神楽は思わずぽかんと外を眺めた。
窓がないので気付かなかったけれど、ザアザアと雨が降っている。
「リーダー?」
電気がついていた台所から出てきた桂が、うるさくて起きてしまったか、と声をかけてきた。
「カミナリ?」
その声もかき消すように、ドーンバリバリと大地を揺るがすほどの音が鳴り響いて、二人は真っ暗な外に目をやった。


台所ではテーブルの下には定春が頭を突っ込んで縮こまっていた。
雨粒が激しく窓の庇を叩いていて、時折稲光が走ってはゴロゴロと激しい音が響いている。
この様子ではかぶき町のどこかにも雷が落ちているかもしれない。
「かわいそうに。定春殿も雷は苦手らしい」
桂が実家の太郎もそうだったと言うのを聞きながら、あくびをする間にもピカッと窓の外が光って、地響きのような音を立てる。
さっきまで眠れないとイライラしていたけれど、それもカミナリと分かればなんとなく楽しくなってしまう。
少し前から起きていたらしい桂が、冷蔵庫を開けて麦茶を入れてくれる。
椅子に座ると、ふわふわの定春の毛並みがつま先に当たった。
神楽の前に麦茶のコップを置いて、桂が向かいの椅子に座る。
桂の前には汗をかいた空っぽのコップがひとつ置いてあった。
「銀ちゃんは起きなかったアルカ?」
「あいつは高いびきで熟睡中だ」
「ふーん、ヅラは意外と繊細アルナ」
神経質そうな外見の割には桂は大雑把で図太い、それを知っている神楽に桂は苦笑した。
雨音と雷の方がよほど大きいだろうに、いつになく二人は声をひそめてしまう。
「この辺にも落ちるアルカ?」
心配と言うよりは、どちらかというとワクワクしながら尋ねる。
想像するのは、大きな木に雷が落ちて真っ二つになるような、そんなイメージだ。
「最近は避雷針があるしな。落ちてもそうそう大事にはならんさ」
「つまらないアルナ」
口を尖らせると、ふっと桂が笑って、
「どうせならターミナルにでも落ちると面白いかもしれんな」
この時間ならば人もいないし丁度いい、と言う。
それにつられて神楽もニヤリと笑って、そういえばと神楽はさっきまでの勘違いを思い出す。
「この音、あんまりドンドンうるさいから……」
「ん?」
「銀ちゃんとヅラのせいかと思ったアル」
「は?」
「マミーが元気だったころはパピーと夜中にプロレスしてたネ」
うろたえる桂をよそに、冷えた麦茶を飲み干した。
桂の困った顔に、可愛いヤツ、と思うとつい堪え切れずふきだしてしまった。
「リーダー……」
勘弁してくれ、と言ってますます桂が弱った顔をする。
「あ、また光ったアル」
神楽の弾んだ声に、桂がため息をついた。
白い光にテンションが上がる。
こうして内緒事のように二人で起きている内に、神楽はどうせだからもう少し桂を独占しようと決めた。
まずは次の花火大会に一緒に行く約束を取り付けて、夏の間に海に連れて行ってもらおう。
そこでスイカ割りをする。
今頃呑気に寝ている誰かは、きっとめんどくさそうな顔をして、そのくせ反対しないはずだ。
真夜中の稲妻を見る気分はドキドキして、まるで花火に似ていると思う。

雷鳴が遠のいて雨音が小さくなるまで、二人の楽しげな声が台所から聞こえていた。