クリスマスも終って、今年ももう残すところ片手の指の数をきるという頃。 年の瀬はどこも忙しない。その世間の忙しさにあやかって万事屋も繁盛していた。 ありがたいことに十二月に入ってからは先月に比べて3割増し仕事が増えていて、年末商戦の品出しからお年寄りの家の大掃除の手伝いまで様々な仕事が舞い込んできて、この分ならば無事年が越せそうだった。 仕事はもちろんとして、それとは別に我が家の年越し準備の諸々もある。珍しく外での仕事がなく3人揃って万事屋の掃除をしているところに、桂が訪ねてきた。 「お邪魔します……すごいな」 チャイムの後に聞こえた声で客が桂だと分かって、新八は部屋の中から「どうぞ!」と叫んだ。勝手知ったる調子で上がり込んだ桂は、窓を全開にして炬燵をひっくり返して、大掃除まっただ中という散らかった部屋を感心したように見回す。 神楽と新八はエプロンと三角巾をつけてやる気十分の様子だった。 ところで、と桂がハタキを手にした銀時を見やる。今日やって来たのには訳があった。 「銀時、年賀状の準備はできているのか?」 「このくそ忙しいのにやってるわけねーじゃん」 「堂々と言うことか」 銀時の開き直った返事に、桂が呆れたように溜息を吐く。 「そんなことだろうと思っていた。今日中に出さないと元旦に届かないぞ」 「私はもう書いたアル」 「僕もうちの分は書きましたよ。銀さん去年も結局ほとんど貰った年賀状に返事返さなかったですよね」 「俺のところにも来なかった」 「銀ちゃん社会人失格アル」 「うっせぇ何事にも限度ってもんがあるんだよ。年賀状だってあんなに積まれたら胸やけするわ」 思えば大量の年賀状の山からもう一年だ。日々が過ぎるのが年々早くなる。全く何も成長していないままあっという間に一年が過ぎてしまった気がして恐ろしい。 「まったく、一年たっても全く進歩しておらんではないか」 まさに自分でも思っていたことを桂に言われて、銀時は顔をしかめた。耳が痛い。 「お前のあれは年賀状じゃなかったじゃねーか」 「あぁ、ロンダルギアまで行ってたんでしたっけ?」 銀時の反論に、新八も一年前の事を思い出した。 去年知り合いから来た年賀状は変なものばかりだった。嘘の結婚報告から失踪事件まで。思い返しても自分の周りは変わり映えしないバカばかりだ。 新八も桂がくれた年賀状を思い出して、銀時の肩を持つわけではないが、「あれはしょうがないですよ」と苦笑いする。返事を出さなかったのは失礼だと思うが、お客さんの年賀状に比べれば無視してもいいレベルだ。 「何がしょうがないものか。こっちはずっと待っていたというのに……」 ロンダルギアでスタンバってたのに、桂がそう言って眉を顰める。 「あ、ヅラその話ストップ……」 その話の流れに嫌なものを感じて、銀時は桂を止めようとした。けれど、新八も神楽もその話を聞き逃さなかった。 「待ってた?」 「一人で勝手にロンダルギアでスタンバってたんじゃないアルカ?」 「駅の裏にあるホテルロンダルギアだ。こっちはホテルの前で3時間も待ちぼうけで……」 「わーバカ!」 銀時は慌てて桂の口をふさごうとするが遅かった。それを聞いて、神楽と新八の目が一気に冷たくなる。 「え、あの年賀状そういうことだったんですか?銀さん年賀状丸めて捨てようとしてましたよね」 「私知ってるアルヨ、あれ銀ちゃん後で拾ってきてたアル」 「ちょっ、神楽お前なんで知ってんの!?」 一瞬神楽が丸い目をして、うわぁと顔を顰める。 「本当に拾ってきたアルカ?」 どうやらかまをかけられたらしい。 「一年越しでそんな大人の爛れた事情なんて知りたくなかったです」 「爛れたって言うな。忘れてたんだよ、しょうがねーだろ。年納めフィーバーが来ちゃったんだよ!」 「パチンコですっぽかしたんですか?」 最低ですね、と言われてしまう。言えば言うほど分が悪くなる。 「あ、そうだ。ヅラお前パソコン持ってたよな!今年は年賀状パソコンで作るわ、今からお前んち行こう!」 銀時はその場から逃げようと、そう提案して桂の背を押す。 「俺は今来たばかり……」 「桂さんよろしくお願いします。この人ほっとくと絶対今年も出さずに終るんで」 銀時の言葉は明らかに逃げる口実だと分かったていたが、新八は書類ケースからノートを一冊取り出す。 「去年年賀状をくれた人のリストです」 桂が受け取ったノートを開くと、依頼人の住所と名前と簡単な依頼内容が書いてあった。 「すごいな、きちんと管理していたのか」 「銀さんほっとくと何もしないんで」 「ヅラ、これ今年の年賀状ネ」 神楽は棚からまっさらな大量の年賀はがきを出してきた。 何もしない銀時に代わって、二人が年賀状を出す準備をしていたらしい。そのことに銀時も驚く。大人の一年に比べて、子供の一年はしっかり成長するものらしい。 桂も、子供らにここまでされて協力しないわけにはいかない。 「分かった、では今から年賀状を作ることにする」 二人の成長に、桂は眩しげに目を細めて任せておけと請け負った。 *** 桂の家は普段からあまり物を置いてはいないので散らかっているところなど見たことがない。それでもピカリと光りそうな埃一つない廊下は、大掃除を済ませた証拠だった。 「この家くらい物がなけりゃ掃除も楽なんだけどな」 「お前は散らかしすぎなんだ」 ほら、さっさとやるぞと桂が卓袱台の上にノートパソコンを開く。 「お前どんなやつにしたの?」 「俺か?俺のは……」 桂が年賀状と書かれたフォルダを開いてデフォルメされた愛嬌のある龍の絵柄を表示させる。 「だっせぇな、他に無いの?」 二人で画面を見ながらあーだこうだと言いながら絵柄を選んで、一時間ほどかけて神龍っぽい絵柄の年賀状を作成した。余白に万事屋メンバーの名前を打ち込むとできあがりだ。 新八の作った住所録を見ながら宛名を入力していく。これで来年からは年賀状作成が大分楽になるはずだった。 後は印刷するだけ、となったところで銀時は当然あるはずの物を探して部屋を見回した。しかし目的の物は見当たらない。 「なぁヅラ、プリンターは?」 「ないぞ」 銀時の問いに桂があっさりと答える。 「はぁ!?ないって、じゃあ印刷どうすんの?」 「店で刷るとか?ほら、よくお店プリントとか言ってるし」 何とかなるんじゃないのか、と桂が小首を傾げる。 「店でやったら金かかるじゃん!お前のパソコンとプリンターならタダだと思ったのに」 「勝手な、そう言われても無いものは無いぞ」 信じられない。しかし言ったところでプリンターが出てくるわけも無い。 「えーなんなのお前、せっかくここまで作ったのに……ほんっとお前のせいで時間無駄にしたわ」 あーあ、やる気なくなった、と銀時はそのままゴロリと後ろに倒れた。 「こら、年賀状はどうするんだ」 「今年もいいわ、来たやつにだけ返すし。お前のせいで疲れた」 桂が仕方ないなぁとでも言うような顔で見下ろしている。 「夕方までには帰れよ、リーダー達が頑張って掃除しているのに、いつまでもほったらかしにできん」 「はいはい」 つまり夕方までは居ていいってことだ。 任せろと言っていたんだから、貰った年賀状の返事は桂に書かせようと、銀時は勝手に都合のいい事を考える。 しばらく休憩、と腕を枕に転がると、障子の開けられた窓から冬枯れの庭の景色が見えた。桂の家は大通りから離れているので万事屋より静かで、二人が口を閉じると古い石油ストーブの上のやかんがしゅんしゅん音をたてるのが聞こえてくる。 その昔ながらの音のせいか、平屋から見える風景のせいか、縁側の向こうに見える庭の景色は万事屋の二階から見下ろす外の風景よりも懐かしい気持ちになる。 一年の終るソワソワとした気持ちは子供の頃と変わらない。一年また無事に過ぎて、年だけ取ったような気もするが悪いばかりでも無いような気がした。 *** 外で聞こえたバイクの音に神楽が駆けだして行った。暫くして、手に年賀状の束を持って戻ってくる。 「五月ちゃんと、さきちゃんと、マリッペと……あれ?銀ちゃんからも来てるアル」 「俺?出してねーぞそんなもん……」 「リーダーと新八君にも俺が代わりに出しておいた」 簡単な御節とお雑煮の正月料理の並んだテーブル。年越し蕎麦を手土産に昨日から万事屋に泊っていた桂と三人で遅くまでテレビを見ていて、元旦の今日は遅い朝飯を食べ終った頃に丁度よく郵便配達の音がした。 神楽は嬉しげに年賀状に目を通している。 「あれ、これ宛先不明で戻ってきてるアル」 「誰の?」 「えーと……あ、鬼兵隊アル!」 「鬼兵隊?なんでそんなとこ……」 銀時がいぶかしく思っていると、それも俺だと桂が横から答えた。 「高杉の奴め、いい年をして引越しの時に転居届も出さんのか、いつまで住所不定でいるつもりだ」 「お前も住所不定みたいなもんだろうが。つーか高杉にまで出してんの?しかも俺の名前で」 「住所録に名前があったところには全部出したぞ」 「これ差出人、銀ちゃんだけじゃないアルヨ」 「は?」 年賀状を見ていた神楽の言葉に、銀時は鬼兵隊宛の年賀状を見る。裏には万事屋の名前と、 「おまっ、勝手になに出してんの!?」 「二種類だと高くつくから俺のと連名で刷っておいた。俺の機転に感謝するのだな」 「するか!」 新年のあいさつの下、差出人のところを見て銀時は顔をひきつらせる。こんなものを出したら、年賀状を見た者にどう思われるか。 言っているそばから外で聞き覚えのある声がした。 「辺り一帯は包囲した!万事屋、怪しいとは思っていたがまさか新年早々攘夷志士宣言とはな!」 スピーカーを通した近所迷惑な大音量が響く。 「お前真選組にまで年賀状出したのかよ!?」 銀時が叫ぶと、桂がむっと拗ねた様な顔をする。 「お前にも付き合いというものがあるのだろう。気にいらんが、あまり夫の交友関係に口を出すのはできた妻ではないからな」 「誰が妻だよ!」 突っ込む声も、ガーガーとスピーカー越しの割れた大声でかき消される。諦めて投降しなさいだか何だか、正月から騒々しい。 「出てこないなら突入する!」 「冗談じゃねーよ、新年早々家壊されてたまるか!行くぞ!」 「初詣か?」 「逃げるに決まってんだろ!」 「行くアルヨ定春!」 神楽の呼び声に定春が吠える。背中に3人を乗せて、定春は窓を破って外へ飛び出した。修理代を考えると頭が痛い。 「副長、二階の窓です!」 隣の屋根を蹴って、定春が走り出す。ビュウと冷たい風を切る。 「正月から定春殿に乗れるとは幸先がいい」 「いや、よくないから絶対!」 後ろから銀時の腰に腕を回して掴まっている桂の楽しげな声に、お前のせいだからねともう新年明けて何度目か分からないツッコミを入れる。 「どこ行くアルカ?」 先頭の神楽が振り返る。そう言われてもあても無い。 「……とりあえず初詣行っとくか」 変わらぬ一年を祈願しに。 今年もいい年になりますように。 |