桂の鋭い視線が銀時の体をなぞり、ゆっくりと口を開いた。
「貴様一人か」
「あぁ」
「そうか、また新たな住処を探さねばならんではないか」
自分に向けられたことなどただの一度も無い氷の視線に、銀時は体中の血が湧きたつのを感じた。
まったく迷惑な、と一人ごとのように桂が呟いてわざとらしく溜息を吐く。
「逃げられると思ってんだ?」
「捕らえられると思っているのか?」
貴様ごときに、そう言って桂がすっと目を細める。きっと捕まるなんて思ってもみないに違いない。実際捕まることはないだろうと銀時だって思う。
ただし、俺じゃなければだ。
「貴様ごときに俺が遅れをとるとでも?」
「どうかねぇ?」
 言って、銀時は借り物の刃を鞘から抜き放った。そして一気に距離を詰めると、そのままの勢いで桂に切りかかった。無言の訪問者に警戒していたのか、銀時の一撃は桂が手にしていた刀で易々と受け止められる。ガチ、と打ちあわされた互いの刃が硬質な音を立てた。
こちらの急所を的確に狙う容赦ない太刀筋はいつも銀時が見てきたものと同じで、大抵が予測した所に来るものの、時折予想を超えてヒヤリとさせられる。それでもなぜか負ける気はしなかった。顎先をかすめて行く鋭い刃をギリギリの距離で避けて、すかさず開いた所に切り込む。
何度隣で、背中でその動きを見て感じたことか。しかしそんなこと思いもよらない桂は、正確に刃の動きを読んだ銀時に、一瞬焦りと困惑の表情を浮かべる。
「貴様、まさかどこぞの刀に体を乗っ取られているというわけでもあるまい、こんな……っ」
打ち合わせた刃を、銀時は力任せに押して弾き飛ばした。桂の手から柄が落ちる。間髪いれず拳で攻撃してくるのを予測して、銀時は繰り出された桂の腕を掴みあげた。
銀時の行動に、まさか読まれると思っていなかった桂が驚愕に目を見開く。焦ったように身を引こうとしたのを、足を払って倒れところを抑え込んだ。
「はい俺の勝ち〜」
うつ伏せの薄い体に、銀時は逃げられないように体重をかけて圧し掛かる。肩越しに振り返る悔しげな表情にゾクリとして、一瞬マゾになったのかもしれないと思って、すぐに違うなと自分で打ち消した。それをねじ伏せるのがいいのだ。
「やっぱ俺ドエスかも」
土方の体は、下敷きになって暴れる桂を易々と抑え込んでいる。細い体からは想像できないほどの怪力である桂を抑えられるということは、土方の体にそれだけ馬力があるということだ。
内心少し羨ましい気がして、俺も鍛えようかと思ったものの面倒臭さが勝る。
「いいよなヅラは今の俺が好きなんだし」
「誰が貴様のことなぞ好きなものか」
 腰の辺りに馬乗りになった銀時を桂が睨み上げる。刀は手の届かない所へ蹴り飛ばしたが、隙あらば反撃しようとするので油断はならない。押さえつけた両手首を背中で一つにまとめ上げて、やっと抵抗を抑える事が出来た。
下手をすると思いきり殴られかねない勢いは、いつもの嫌だやめろなんて、単にじゃれているだけなのだというのが良く分かる。それはそれで銀時の中に場違いな優越感を生んで、そんな場合でもないのに銀時を浮かれさせた。
「重い、いいかげんにどけ」
銀時の下から忌々しげに睨めつける桂は、当然ながら銀時を真選組副長だと思っているのだ。
「なぁヅラ、実は俺さぁ、……俺なんだけど」
「ヅラではない、桂だ。貴様曲がりなりにも警察の癖に俺おれ詐欺か?」
 胡乱げな眼差しで、やはり真選組みなどロクでもない者の集まりだなと桂が吐き捨てる。
伝わらなかったのは言葉が足りな過ぎるのも原因だが、銀時はこのままバラしてしまうのも惜しいような気がしていた。実はさっきから、もう少し桂の焦った顔が見たいとうずうずしていたのだ。
「さっさと屯所へなりなんなり連れて行くがいい」
それでも逃げられると言いたげな桂がふてぶてしく言い放つ。実際桂は一度は逮捕されて監獄の離島に送られながら、わずかな期間で逃げ出してきた。今度もそれができると思っているんだろう。その余裕をはぎ取って、焦る顔が見たい。
本来ならば必死で元に戻る手立てでも探さなければならないはずなのに、銀時の中で桂を追いつめたいという煩悩の方が勝っていた。こんな場合だというのに危機感が薄れてしまっているのは、二人でいると何とかなりそうな気がしてしまうせいだと桂のせいにして、銀時は欲望を優先させることに決めた。だってこんな機会はめったにあることじゃない。
銀時は桂の腰に馬乗りになっていた体を太股の付け根辺りまで下げると、手を廊下の床と桂の体の隙間へ差し入れる。着物の合わせ目から、中に手を忍び込ませると、下肢を彷徨う不穏な動きに気づいて桂が顔色を変えた。
「貴様っ、何をするか!」
 銀時の意図を察した桂が背をよじる。銀時に押さえつけられながら、離せと足をバタつかせる。 
背中に抗議する桂の踵が当たるが、反撃はそれだけだった。
「痴れ者が、離せっ」
「無理だって、俺の方が力強いって分かっただろ」
 桂の上に覆いかぶさるように、銀時が体を重ね合わせる。背中に感じる熱と、耳元で聞こえた声に桂は無意識に身をすくませた。 さっき刃を合わせている最中、一瞬なぜか勝てないと思った。たかが幕府の犬ごときにと、すぐに打ち消したはずのその直感が正しかったかのように、今桂は男の為すがままになっている。こんなハズではないと唇を噛みしめるていたのが、いつの間にか口から漏れそうになる声をかみ殺す為になっていた。
男の手が性器を弄る感触に、桂の全身に鳥肌が立つ。下穿きをはぎ取られ時点で無駄に抗うのは疲れるだけだと思ったものの、知らない男の手が体を這う感触に吐き気が込み上げてきた。拘束を振り解こうと?いても男の手は緩まない。
こんなもの皮膚の一部を触られているに過ぎない、単なる感覚神経の反応でしかないのだとやりすごそうとしても、湧きあがる嫌悪感はどうにもならない。それなのに相反して神経を侵す快感に体は追い立てられる。
「は、なせ」
くそっ、と苦しげに桂が背を丸める。緩んでいた着物を衣紋から剥がされて、男の舌が背中を弄る。肌をねぶる感触に背中が粟立つ。板張りの廊下で起ち上がった性器の先端が擦れた。
「気持ちいい?腰浮いてるけど」
 からかうような声に、桂は反論もできない。事実自分の体は無理やりに男の手に追い上げられ反応を示している。
背中越しに聞こえる男の声は桂を敵の手で翻弄されているという現実に引き戻す。いっそ逃げられないならこのままイきたいと、桂は半ば自棄になって目を閉じた。
男の息づかいを首筋で感じて、逃げるように顔を背けると声が追ってきた。
「なぁヅラ、俺が坂田銀時だって言ったら信じる?」
「ぎんとき?」
 意味が分からない。分からないが、銀時を騙るとはいい度胸だと腹が立ち、一方で混濁した思考は銀時ならいいと思った。今肌を撫でる手も熱も声も、銀時ならばいい。そう思った瞬間、思考が白く染まる。
「……早くね?」
「……うるさい」
 銀時だと思うとそれだけで吐精していた。自分でも呆気ないものだと思うが、廊下に転がった自分を見下ろす呆れたような声に貴様のせいだと言い返す。
「敵の手でもイッちゃうんだヅラは」
「ふん、何なら貴様も同じようにイかせてやろうか?男のモノを扱いて勃つとは貴様も相当ではないか。俺の背中に貴様の固いモノが当たっているが、それをこの口で扱いてやってもいいぞ?」
 だからどけ、今すぐ、と疲れの滲んだ顔で嫣然と微笑む桂は、きっと少しでも拘束を緩めれば逃げ出すつもりに決まっている。
確かにパンツはキツイし、内側から押し上げているモノを抜いてくれるというならば魅力的な申し出だが。
「ストップ。ヅラ、さっきの信じる?」
「ヅラでは無い桂だ。さっきのとは?」
「えーと、俺が坂田銀時ですっていう」
「………」
 まだ言うかとでも言いたげに桂が眉をしかめる。けれど何か思う事があったのか、では証拠は?と先を促した。
「証拠?」
「貴様が銀時だという証拠だ。そうだな、俺達しか知らないようなことを知っていれば、信じてやってもいい」
そう言って桂は少し考えるように黙っていたが、すぐに「それでは質問です」と始めた。
「俺達の初めてのキスはどこでしょうか?」
首が痛くなってきたのか、桂はうつ伏せのまま顔を見せずにベタな質問を投げかける。そんないかにもなこっ恥ずかしい問題をと銀時は顔をしかめたが、答え自体は簡単だった。
「裏山だろ」
「ブ―、残念でした。正解は銀時の部屋です」
「はぁ?んなわけねぇだろ」
 それはもっと後だろ、と銀時はテメェが忘れてんじゃねぇかと腹を立てるが、桂はあっさりと「寝ている銀時に俺がした」と正解の理由を教えてくれる。
「裏山でする一週間と三日前だ」
「分かるか!ていうか勝手に何してんだよお前は」
「いや、可愛かったのでついな。……しかしお互い同意の上でとなれば裏山の小屋の中ということになるな。ということは……」
 桂が怒った顔で振り返る。
「嘘じゃねーよ」
「貴様、俺の目からその姿がどう見えているか分かっているのか?」
「ヅラの大嫌いな真選組の副長」
「ほう、分かっていながらの狼藉か」
「はは……」
 怒りを滲ませる桂に、銀時は曖昧に笑って誤魔化す。その様子に、諦めたように嘆息して桂は尋ねた。
「それで、何ゆえそんな姿になっているんだ?」
「さぁ、まぁ色々あって。そんなことよりさぁヅラ、俺今あんま余裕ないんだけど」
 桂にも指摘されたが、大きくなってしまった息子さんをなんとかしてほしいんですがと銀時はヘラリと笑って訴える。
「知るか。ていうか、俺の白いモフモフがなくなるかも知れんのにそんなことで済むか。自分の体をなんだと思ってるんだ」
「お前こそ俺の体をなんだと思ってんの?いや、俺の体も大切だけど、今はこっちの方が切羽詰まってるっていうか」
 そう言って銀時は桂の尻に固くなった己のモノを擦り付ける。
「仕方のない奴だ、手か口で抜いてやろうか?」
 チンコだけ見ながらなら何とかならんでも無いぞ、と桂はとても魅力的な提案をしてくれるが、銀時はいまいち気が進まない。なんとなく嫌だと思うのは紛れもなく独占欲というやつで、桂の手が他の奴のを扱くのも唇が他の奴のを咥えるのも嫌で妥協点を探す。
「それなら自分で扱けばいいだろう」
「えぇー人のモンなんか触りたくねぇし」
さっきまで散々人のモノを弄り倒して置きながらどの口がと桂は言うが、しかしそれとこれとは話が別だと銀時は真剣に頭を悩ませる。
「よし、じゃあスマタで」
「口はダメでも股はいいと?ロマンチストだな銀時」
「うるせぇ、俺がやるのはいいの。ヅラはマグロになってなさい」
カッチカチの冷凍マグロな、と釘をさして銀時はそろりと桂の上から腰を浮かせる。銀時の言葉を信じたのか、桂から反撃はされなかった。
「マグロでもなんでもいいが、その代わり」
「何?」
「さっさと戻ってきてきちんとやり直しを要求する」
「はいはい埋め合わせに、しっかり御奉仕させていただきますよ」
戻れないなんてこれっぽっちも考えていなさそうな、ともすれば無責任なほどに言い放たれる桂の言葉はいつも銀時を安心させる。それは昔も今も同じだった。
「俺がいいというまでだぞ」
「もちろん」
 そうは言っても顔を合わせるとやはり微妙な気分になる。二人とも無性にキスがしたかったけれどお預けにして、仕方がないなと顔を見合わせて苦笑した。