「燃やすものはあるか?」
「おまえ」
間髪入れず返ってきた銀時の軽口を聞き流して、桂は空になったゴミ箱を万事屋の居間と和室にそれぞれ戻した。
換気のためにわざと大きく開けっ放しにしてきた玄関の戸からは冷たい風が銀時のいる居間まで吹き込んでくる。
「ちょっ、寒ぃって!」
寒い寒いと首をすくめて文句を言う銀時に構わず、桂は容赦なく部屋の窓とカーテンも開け放つ。
窓の外には庭での焚き火の煙が白く一筋立ち上っており、時折大きな黒い灰が熱に煽られて二階の高さまで舞い上がってきた。
桂は部屋から運び出した二袋分のゴミと各部屋に設置されたゴミ箱のゴミを火にくべ終わって、他に残った物が無いことを確認する。
「まったく、動かないから寒いんだろうが。貴様の家だろうに、手伝え」
煤で黒く汚れた指先を拭って、寒いくせにソファにだらしなく寝転がって動こうとしない銀時に声をかけると、「えー……」とやる気のない返事が返ってきた。
わざわざ大掃除しに来てやったわけではないのだ。
「リーダーにお歳暮の一つも持ってくるネ」そう常々言われていたのを思い出して桂は万事屋を訪れた。
酢昆布1ダースと貰いものの昆布巻きを携えて出向いたところ、スナックお登勢の前でちょうど出かけるところだった新八と神楽、そして彼女を乗せた定春に会った。
二人は妙と待ち合わせて正月の買い出しに行くところで、今年は道場で三人と一匹で年越しするらしい。
ちょうどよかったと神楽に酢昆布を渡しながら、定春のフワフワの毛並みに触れてみる。
家族と過ごすからと二日前から妻子の元に帰っているエリザベスを思い出して桂は少し寂しくなった。
「銀ちゃんも誘ったけど来ないって言ってたアル」
さっそく桂から受け取った酢昆布を開けて一枚齧りながら「ヤラシイ男ネ」と神楽が言う。
「きっとシッポリやるつもりアルヨ」
「神楽ちゃん……」
呆れる新八に神楽は「そんなんだからいつまでたっても新八アルヨ」と笑った。
「いや意味分かんないから。……あ、もしかして桂さん銀さんと約束してたんですか?だから断ったのかも」
「そんなことはないと思うが……」
だいたい今日行くとも桂は言っていなかったのだ。
「銀時は?」
一人で万事屋にいるのかと、そう思って尋ねた。
「銀ちゃんなら今怒られてるとこネ」
「は?」
怒られている、という意味が分からず、思わず二階の万事屋の方を振り仰ぐ。
「いや僕たち、大掃除で出したゴミを捨てるのすっかり忘れてたんですよ。それで今日こっそりゴミ捨て場に出しといたんですが、案の定ばれちゃいまして」
確かかぶき町の今年最後のゴミ回収は昨日だったはずだ。今日出したゴミは年を明けて三が日を過ぎ、平常どうりの回収が始まるまでゴミ捨て場に残り続けることになる。
ゴミ出しマナーに厳しいかぶき町四天王である彼女がそんなマナー違反を許すとは思えない。
「だから怒られてるアル」
ねー定春、と飼い犬に話しかける彼女の下で、返事をするように定春が吠えた。


ぽりぽりと昆布を齧る神楽たちを「よいお年を」と見送って、万事屋への階段を昇っていくと、なるほど怒鳴り声が聞こえてくる。
「俺の家なんだからほっとけよ!ゴミはもうなんか年明けるまでその辺に置いとくから」
「アタシの家だよ!いっちょ前に言うからには先月から溜まってる家賃払ってくれるんだろうねぇ」
痛いところをつかれたようで、銀時からの反論は返らない。その隙を逃さず口を挟む。
「お登勢どの」
「おや、あんた」
突然現れた桂の存在に勢いをそがれたらしく、幾分口調が和らぐ。
玄関を挟んで立つ二人の間にはゴミ捨て場から回収してきたと思われるビニール袋が置いてあった。
「ったく、そんなゴミ抱えたまま年越されちゃこっちの気分が悪いよ。新年くらい部屋奇麗にしてシャッキリ迎えな」
「いやそんなこと言ったって……」
焼却場まではかなりの距離だし、第一こんな大晦日にまで役人が働いているとも思えない。
「しかたないねぇ、まぁ少しくらいなら焚き火で燃やしちまいな」
くれぐれも変なもん燃やすんじゃないよ、と釘をさしてお登勢は階段を降りていく。
その足音が遠ざかって、はぁーっと銀時の口から盛大な溜息。
銀時はソファに腰を下ろし、「あ、ヅラいいとこ来た。ちょっと、手伝え」そう言って、ババアの気がかわらねぇ内に、とゴミの処分を全部押し付けたのだ。
生ゴミと燃えるゴミだった袋の中身は乾燥した空気のおかげで火の付きもよく、あっさりと灰に姿を変えた。
燃やし終わったと報告に行くついでに、昆布巻きを皿に分けて持って行くと、お登勢が悪いねぇと黒豆と伊達巻を持たせてくれた。
30分もすれば火も消えるだろうから、そのころ水をかけて後始末をすると伝えて、まるで藁しべ長者のようだと思いながら
部屋に戻ると銀時はすっかり窓をしめて炬燵に縮こまっていた。
「くさい」
桂が側に寄ると焦げくさい、と銀時が顔をしかめるのにはさすがに腹が立つ。
「誰のせいだ。だいたい掃除くらいさっさと済ませないからこうなる」
「うるせぇな。お前は俺の母ちゃんか」
「母ちゃんではない、桂だ」
言いながら自分の袖を嗅いでみると、確かに焦げくさ焚き火の臭いが移っていた。
この分ではきっと髪にも臭いが移ってしまっているだろう。
髪についた匂いはなかなか取れない。そう思ってうんざりしていると、誰かが訪ねてきた気配がした。
挨拶もなしに玄関を開け、中に上がり込む音。
「あ、桂さん、よかった、やっぱりいた」
現れたのは紙袋を持った新八だった。
「どうした、新八君。道場に帰るんじゃないのか?」
「そうですけど……。あ、ゴミ、燃やしちゃったんですか?」
窓硝子越しの煙を見て、これで新年が気持よく迎えられますねと言う。
「桂さんこれ、姉上がいいお蕎麦貰ったんで、お裾分けです」
渡された紙袋の中は、打ち粉のついた生の蕎麦と出汁が木箱に入っていた。
「ヅラだけずるくね?俺にもなんかねぇの新八、いちご牛乳とか」
やり取りを見ていた銀時が炬燵の中から拗ねたように言う。
「何言ってんですか、年越し蕎麦ですよ」
そう言われて、銀時が言葉に詰まる。
「何でも桂さんに結びつけるの止めてくれませんか、なんか気持ち悪いんで」
呆れるを通り越して冷たい新八の視線が銀時に刺さった。
失言を誤魔化すように、銀時は炬燵の中で寝返りを打って寝たふりをするので、新八と桂は顔を見合わせた。
「ありがとう」と丁寧に礼を言って新八を送り出し、部屋に戻ると桂は銀時の隣に潜り込んだ。
「銀時、なんで一緒に道場に行かなかったんだ?」
皆で年越しをするのだろう、と腕を枕にして突っ伏した頭に聞く。
いつもクルクルと定まりのない髪は、押しつぶされていつも以上にてんでに跳ねている。
ふわふわと跳ねる髪に思わず指で透くように弄んでいると、ややして「……子供の年越しと大人の年越しは違うんだよ」とくぐもった返事が返ってきた。
めんどくさそうに言った銀時の言葉を、桂は少し考える。つまり……
「姫初めというやつだな」
「なんでだよ!」
叫んでがばりと銀時が身を起こした。
「違うのか?」
せっかく触っていた髪が離れていって惜しいと思った。
「んなわけねぇだろうが!あいつら年明けたら暗いうちから初詣行くつもりなんだよ。寒いうえに人ごみの中なんて絶対行きたくねぇし」
酒飲んで紅白見て元旦は昼まで寝て、起きてまた酒飲んでダラダラすんのが正しい大人の年越しなんです、と銀時は主張する。
「なんだそれは。たいしていつもと変わらんではないか」
「うっせぇな。わかったらさっさと酒燗してこいよ」


「あのさぁ、断じて姫初めとか狙ってたわけじゃねぇから」
酒で赤くなった顔で目を逸らしながら銀時がそう言った。
二人だけになった万事屋で、くだらない、とりとめない話をして過ごした。
居心地がよかったので、気分がよかったので、ふいに目が合ってキスをした。
キスをして、そのまま銀時が桂の肩を押して二人して畳の上に倒れこんだ。
銀時が膝でもぶつけたような衝動で炬燵が揺れる。
空になった徳利が倒れて転がった。
閉め切った部屋は暖かい空気に満たされている。
視界から消えたテレビからは知らない歌手の熱唱が流れていた。
二人の間に机の脚を一本挟んだまま、銀時が無理やり体を寄せてくる。
「なんつーか、場の流れ?」
今さらそんな言い訳を口にする銀時を、桂が引き寄せた。
互いの頬と唇と触れる胸が熱い。直に伝わってくる鼓動に、文句を言うつもりはなかった。
その後は、煩悩を払う鐘を聞く前にお互いの声しか聞こえなくなった。


そういえば年が明けると思いだして、来年も変わらずに、と胸の内で呟く。
我ながら幸せな願いだと思った。