< 結崎屋(pray*)様、悪食様、イチ蜜様、紺青様とのリレー小説です。>



4.

勢いよく音を立てて、銀時と桂は川の中に落下した。
川は見た目よりも深く、冷たい水が銀時を包む。一気に鼻と口から水が入ってきて、このままでは溺れてしまう。水泡の立つ水の中で、桂の黒髪や羽織の裾が踊るように揺らめいた。
さっき喉を潤した水が、牙をむいて二人に襲い掛かってくる。太陽を反射してきらきらと光っていた清流は、今はまるで濁流のように感じられた。
水の流れは速く、川底の石に足を取られて上手く立つことができずに、二人はあっという間に川の流れに飲まれてしまった。
銀時は必死で水をかいて、水面から顔を出す。息継ぎをしようとしたところに、二人の起こした波しぶきが降り注いだ。息がうまく吸えなくて苦しい。うねる川の流れに翻弄されながら、どんどん川下に流されていくのに銀時は焦りを感じた。
川で溺れた時はどうすればよかったか。塾でも先生に習ったはずなのに、思い出そうとしても混乱した頭はきちんと働かなかった。
背が立つ程度の川だと頭では分かっていても、一度水に足を取られると体勢を立て直すことは困難だった。水を吸って重くなった着物が体にまとわりついて、動くのを邪魔する。
銀時のすぐそばで流れに抗おうともがいていた桂が、ふいに大人しくなった。桂の体が水の流れに引き離されそうになって、銀時は慌てて桂の体に手を伸ばした。間一髪、流れにさらわれそうだった桂の手を銀時が掴む。
桂の手を握って、銀時は少しだけ冷静さを取り戻した。この手だけは離してはいけない。
銀時は体の力を抜いて流れに身を委ねた。水面から顔を出して呼吸を確保する。安定した姿勢を取ると、銀時は桂の手を握る手のひらにぎゅっと力を込めて、その体を引き寄せた。
下流に目をやると、少し先に、川の真ん中に流れを割くように緑色の苔に包まれた大きな岩が突き出ていた。その岩から生えた低木の枝が水面近くまで伸びている。あれなら手が届くかもしれない。
銀時はその岩のそばを流される瞬間、思いきり手を伸ばして木の枝を掴んだ。枝は細い割にしっかりしていて、流れに逆らう二人の体を支えてもびくともしなかった。
その枝を支えに銀時は川底に足を踏ん張って、岩の陰に身を寄せた。川の流れは速いものの、水位は銀時の膝上程度で立っていられないことはない。
辺りを見渡すと、二人は随分と流されてきたようで、はるか上流で残してきた馬の姿が小さく見えた。こちらが見えているのかのように馬が嘶く。
「おいヅラ、大丈夫か!」
銀時は胸に抱きかかえた桂に呼びかける。しかし桂は目を閉じたままぐったりとしていて反応は無い。その顔はいつもより一層白く、血の気を失っていた。
嫌な予感がして、銀時は色あせた桂の口元に頬を寄せる。呼気は感じられなかった。桂が息をしていないのを確認して、銀時は背筋が凍りついた。
「ヅラ!」
 たまらずもう一度名前を呼んだが、やはり返事は返らない。銀時は桂の体を抱えなおして、川岸へと急いだ。川は下るほどに幅が広くなっていて、岸はひどく遠く感じられる。
銀時は流れに足を掬われないよう注意しながら、水の中で足を進めた。流されている間に草履を無くしてしまったようで、川底に沈む石で歩くたび足の裏が痛かったけれど構っていられない。
一向に目を覚まさない桂に、銀時は焦りを覚えた。まるで少女のような外見に反して桂は頑丈で、風邪一つひいたことがなく銀時は桂が弱ったところなど見たことが無かった。もしも桂がこのまま目を覚まさなかったらどうしよう、と銀時は不安で胸がつぶれそうになる。
桂のこと以外は何も考えられなくて、川の流れる水音も鳥の鳴き声も何もかもが耳障りに感じられた。
ついさっきまで馬に触りたいとわがままを言っていつものように銀時を困らせて、手ぬぐいと草餅の釣竿で魚を釣り上げて笑っていたのがまるで嘘のようだ。
それが、もう二度と見られないかもしれないなんて、そんなことは考えたくなかった。
嫌だ、早く、と気持ちは逸る。両手で桂を抱きかかえて、岸にたどり着くまでの間、銀時はまるで何時間も川の中を歩き続けているような気がした。
ようやく岸に上がると、ずぶ濡れの銀時の足下に大きな水たまりができた。歩くたび滴る雫で、白く乾いた地面の石が黒く色を変える。
銀時は川原にそっと桂の体を横たえた。