七夕の飾り付けをしたいというスナックお登勢の店内で、万事屋メンバーと居合わせた桂が笹飾りを作り続けて数時間。
笹がいい具合に賑やかになった頃合を見て、手伝ってくれた礼にとお登勢が夕飯を用意してくれる。
七夕の飾りつけは、一応は依頼という形で受けた仕事だったので夕飯は報酬代わりだった。
依頼料が現物支給とはいえ、常人の何倍もの胃袋を持つ神楽の一食分の食費が浮くのだから有り難い話だ。
ここぞとばかりに神楽に食べさせておいたが、寝溜め、食い溜めはできぬというのがつくづく残念だと思う。
最初は断っていた桂も、結局お登勢と神楽がに押し切られて相伴を務めていた。
その桂と、道場に帰る新八と、店の前で別れたのがつい先程。
すっかり日も暮れて、濃紺の星空は快晴だった。
万事屋へと続く階段を昇りながら、そういえば確か、ここで会ったんだっけと銀時はふいに思い出した。
「そういや、結局あいつ何しに来たんだ?」
「知らないアル。七夕だからじゃないアルカ?」
神楽が軽い足音を立てて、階段をはねる。
「ふーん……」
見下ろした町は暗闇に沈んで、とうに桂の姿は見えない。
「銀ちゃん、天の川ってどれアルカ?」
「あ、えー……あの、なんか、星がいっぱいあるとこじゃねぇ?」
神楽の声に上の空で夜空を見上げて、星が集まっている辺りを適当に指差す。
雲ひとつない空にあるのは、白く光る月と星と、赤く点滅するどこかの飛行機。
「あー、悪ぃ。神楽、俺ちょっと出てくるわ」
そう言った銀時に、前を歩いていた神楽がくるりと振り返る。
「こんな時間からインモラルネ」
「違うっつーの。あの、ほら、パチンコだから。七夕効果で大勝よ」
「マジでか」
「マジで。酢昆布取ってきてやっから」
だから鍵してさっさと寝なさいよと神楽に言うと、銀時は昇ったばかりの階段を下る。
向かうのは迷い無く夜の闇の中へ。
その背中を見送って。
「今更かよ、甲斐性無しのマダオが」
神楽が欄干に頬杖をついて呟いた。
一人で川原を歩く。
聞こえてくるせせらぎが涼しげだった。
堤防に沿って並んだ街頭の光は川までは届かず、月と星だけに照らされた見下ろした水面は黒く沈んで見えた。
その暗闇に目を凝らして歩きながら、銀時は川縁にしゃがみこんでいる黒い人影を見つけて、あぁやっぱりと思う。
土手を降りて、その姿に歩み寄る。
桂は黒い水面を見つめていた。
「ヅラ」
その声に振り返る、桂の白い横顔が月に照らされる。
「銀時」
七夕になると、どうも川に来たくなってな、そう言って白い指先を水に遊ばせていた桂が、水面に波紋を作り出す。
「あぁ俺も。なーんか、短冊書くと川に来たくなるんだよなぁ」
それはきっと子供の頃の記憶のせいだ。
短冊をつけた笹を、川に流す。
七夕とはそういうものだと思っていたけれど、それが一地方の独特の風習であったということを銀時は故郷の村を出てから知った。
たぶん桂も同じだろうと思う。
「でもお前、結局一個も短冊書いてないじゃん」
変な飾りはいっぱい作ってたけど、そう言って、よっと声を出して桂の隣にしゃがみこむと、桂が少し驚いた顔をする。
そして桂がふいと、川面に視線を戻す。
「……変なのじゃない、エリザベスだ」
「変じゃん」
水面は黒く、静かな音を立てて波は時折反射して白く光を照らす。
桂の真似をして指先をつけるとちゃぷんと水が撥ねた。
指の合間を縫うようにして、水は桂の方へと流れていく。
「おれさぁ、今短冊持ってんだけど。2枚、ババァんとこから貰ってきたやつ。あとペンも」
濡れていない方の手で懐から紙とペンを取り出して二人の間に置く。
赤い紙と青い紙が一枚ずつ並べられるのを見やって、桂が少し困ったような顔をした。
少し黙って、そして口を開く。
「昔に比べると、どうにも書きようも無いことが多くてな」
願いはあれど、どれも短冊に書くにはふさわしくなくて、結局何も書けずじまいだったと桂が苦笑した。
それを見て、銀時は何も言えなくなる。
桂が今すぐ強くなろうが、賢くなろうが、そんなことで世界は変わらない。
それでも桂は攘夷を、社会を変えるなんてでかいことを諦めようとしない。
昔から変わらないその姿をどこかで嬉しく思いながら、やめてしまえばいいのにとも思う、銀時は思いを持て余すばかりだ。
黙って座る二人を、水の音が包んだ。
「願いではないが」
せせらぎに混じって、桂の声が響く。
「去年の今日は、年に一度といえど会えるのならば贅沢だと思った」
水面を見つめる桂の瞳にも、ゆらゆらと月が写り込んでいるような気がした。
「じゃあよかったじゃん。叶うこともあるってことだろ」
複雑な思いを持て余したままで、整理できない感情の発露ばかりを重ねていく気がする。
「ヅラ、久しぶりに片腕貸してくれねぇ?」
再開した頃を思い出して、我ながら呆れるような誘いをかけた。
せっかく同じ岸に居るんだし、と桂の指先を救い上げる。
振り向いたその瞳は今は銀時を映している。
「一年に一回ってわけじゃないけど」
付け足すように言った言葉に、答えるように、濡れた指先はぎゅっと握り返された。
結局埋まらなかった短冊は、願い事の変わりに「織姫」「彦星」と書いて流した。
こんなに時間を経て、こんなに遠い所まで来て、思い出を分け合う相手が居る。
それがいつまでも続くことを願った。