目が覚めたのは固い枕の上だった。 眩しさに目を眇める。枕の提供者が天井の蛍光灯で逆光になって顔を覗き込んで、重力に従ってまっすぐに伸びた髪が銀時の鼻先をくすぐる。 「あ、起きた」 少しやわらかいその声が、ぼんやりと頭に響く。戻ってきたんだと思った。 全てが唐突だった。それも俺じゃなくて、あっちの世界の自分が原因だったせいだろうか。 「よく眠っていたな」 膝枕に頭をのせたまま、サカサマに映る桂の顔を眺めた。なんだか懐かしい気がして、頬に落ちかかっている髪を掴む。 「何だ?」 「あーあ、ったく、夢なら夢で、もっといい夢が見たいっつーの。なんで夢でまでお前?どうせなら結野アナと結婚する夢が見たい」 何を訳の分からないこと言っているんだ、という風に桂が髪を引かれて眉をしかめる。 指に絡めた真っ黒な髪は引っ張る先からサラサラと指をすり抜けていった。なんとなく腹が立つ。 「ていうか、ヅラ何してんの?」 「何って、貴様がなんか眠いって言って人の膝を勝手に枕にしたんだろうが」 「そうだっけ?」 忘れたのかと桂が言うが、どうも記憶がはっきりしない。というか、それは本当に自分の行動なのか。実はあっちの世界の眼鏡の主が勝手にしたことなんじゃないのか? 昼過ぎに桂が万事屋を訪ねてきたところくらいまでを思い出しながら、どうにもすっきりしないと銀時は髪をくるりと指に絡む短い髪をかき上げた。そうだとしたら、あぁやっぱり腹の立つ。 「まぁ俺としても、二時間も膝を占領されるとは思ってもみなかったが」 「二時間……」 そんなに、というべきかそれだけしか経っていないことに驚くべきか。さっきのはただの夢、の筈だが妙に生々しい感触を胸の中に残したままだ。窓からは夕陽が差し込んで、西に傾いたオレンジ色の光が二人の所まで伸びてきている。 桂もあのことを覚えているだろうか。過去のような未来のような不思議な場所で、そこでは自分が教師で桂が生徒で、少なくとも斬ったり追われたりしなさそうな平和な世界で生きている。 ただの夢かもしれないが尋ねてみようかと思っていると、居間との間を仕切っている襖が遠慮がちに小さく開いた。 「桂さん、そろそろドラマ始まっちゃいますよ……って、あれ、起きたんですか?」 顔を覗かせた新八は起きている銀時に気づくともう五時ですよと苦笑した。隣の部屋からは神楽と桂のお気に入りの再放送ドラマのオープニングが聞こえている。 新八は邪魔してすみませんと、と視線を合わせずにそそくさと襖を閉めた。何やら気を使わせた気がするが、今はそれに甘えていたい気がした。 「見るの?」 「さて、どうしようかな」 そう言って桂が銀時の髪を撫でる。 いよいよ傾いた夕日が桂の頬を朱く染める。 行かなくていいじゃんという意思をこめて、銀時は桂の膝の上に頭を載せたまま寝がえりを打った。明け渡すには惜しい。 喧しいのがこの家の常だ。ドラマが終わった頃には腹が減ったと騒ぎだすだろう神楽に、今日の晩ご飯はどうしようかと銀時は頭を巡らせた。 「手伝えよ」 「まかせろ、蕎麦はあるか?」 「なんで蕎麦?やっぱいいわ、ヅラは炊飯係で」 「なんだつまらん、今日は月見蕎麦の気分だったのに」 桂が残念そうにつぶやく。 小さな部屋の幸せは向こうの自分に返して、賑やかなこの世界の温かさに身を浸す。 もう二度とあんなことは勘弁してほしいと、銀時は心の底から願った。 |