ふいに体の上が重くなって、銀時は目を覚ました。
「……ん、寒っ」
無意識の内に、体の上にのっていた毛布をかき集めて、足をちじこめる。万事屋の応接間のソファでいつの間にか眠っていたらしい。凭れていた首を起こすと、凝り固まった首筋が痛んだ。
擦りながら目を開けると、明かりのついた部屋は白々と明るく、テーブルの上には飲みかけで放置されたビールが残っていた。
クリスマスイブだと浮かれる世間の例に倣って、万事屋も今夜は少し豪勢な晩御飯にした。メインは銀時が作った大量の鶏の唐揚げで、ケンタッキーを買うより安上がりで懐に優しい。あてにしていたケーキのスポンサーは今日用事で来られないと言うので、クリスマスパーティーの本番は明日に持ち越しにした。
よく見るとテーブルの上は食べ散らかした空の皿が片付いていて、台所の方から食器を洗っている水音がしていた。
神楽がそこまで気が回るとは思えないので、きっと新八だろう。
お通ちゃんが出るという音楽番組を見ながら万事屋三人と一匹で食べて飲んで、銀時は満腹とアルコールのせいでそのまま眠ってしまった。今日という日をすっぽかされたことへの不貞寝でもあったかもしれない。
それに比べて、家主に代わって食器の片付けをし、寝落ちした上司へ毛布までかけてくれる従業員の優秀なこと。銀時は誰への言い訳というわけでもないけれど、テーブルの上の食べこぼしを布巾で拭ってみたりする。そこへ、
「起きたか」
「へ?」
 そう言って部屋に入って来た存在に、銀時はポカンと口を開けた。
「え、ヅラ?」
「ヅラじゃない桂だ。そんなところでうたた寝していると風邪をひくぞ」
 そう言って桂が眉をしかめる。ああこれをかけてくれたのは桂だったのかと思って、いやいや今重要なのはそこじゃないと銀時は一人首を振った。
「お前、なんつー恰好してんだよ」
「クリスマスイブだからな」
 平然と言ってのける桂の恰好は、赤いミニのサンタ風ワンピースだった。布は体の線にぴったりと沿っていて、裾は太ももの真ん中までしかない。
「お前これ、スカート短すぎるだろ」
「だってこれしか売ってなかったんだ」
桂は、「だから仕方がない」みたいな言い方で胸を張る。真面目でいかにも堅物そうな顔や喋り方をしてるくせに、イベントごとが大好きなのは昔からだった。
「お前今日用事があるから来れないって言ってなかったっけ?」
「あぁ、攘夷党のクリスマスパーティーとかぶってしまってな。党首がいなくては締まらんと言うので一次会だけ顔を出してきた」
「その格好で?」
 このミニスカサンタの格好で部下の前に出たのか。それでなくても、桂の下に集う攘夷志士の仲間は盲目的で熱が入りすぎている輩が多い。桂さんのためなら死ねるとか、平気で言いそうなところが特にキモい。
「まさか、これはここに着てから着替えたんだ」
「あっそう」
 気が無い素振りをしながら、銀時はこっそり胸をなで下ろす。
「こんな恰好をするのはお前の前だけだから安心しろ」
「ばぁか、自惚れんな。誰も気になんてしてねーよ。んな格好で攘夷語ったらいくらお前んとこの阿呆な部下でもお前のこと見放すだろうから心配してやってんだろ」
「わかった気を付ける」
「そうしろよ。あれ、そういや神楽は?」
 時計を見ると十時前だった。家の中がやけに静かだ。新八は道場に帰ったのだろうか。
「銀時、年頃の娘がクリスマスイブの夜に大人しく家にいると思っているのか?」
「は……?」
「リーダーなら俺がここへ来たとき入れ替わりに出かけて行った」
「出かけるってどこへ!?」
 桂の言葉に銀時はまさか、と声を荒げる。クリスマスイブの、しかもこんな夜更けに出かけるなんてまた彼氏が出来たとかいうんだろうか。
「おいヅラ、あいつどこ行ったんだよ!?」
「そう目くじらを立てるな銀時。心配せずともみな誠実な男達ばかりだから大丈夫」
「は?つーかヅラ、相手のヤロー知ってんのかよ?男達って、デートじゃなくて合コンとか?んなもん誠実な男だろうが何だろうが聖夜じゃなくて精夜になっちまうっつーの!」
 銀時が怒鳴って立ちあがる。
「落ち着け銀時、単なる二次会だ」
「は?二次会って何の?」
「攘夷党クリスマスパーティーの」
「……」
「俺が一次会で抜けると言ったらリーダーが丁度いいから代わりに行きたいと言ったのでな。タッチ交代だ。新八君と定春君も一緒だし、部下たちにはきちんとシャンメリーを用意するよう言ってある」
「……」
 どすんと銀時が乱暴にソファに腰を下ろす。
「あーー……ちくしょ、ハメやがったな」
「拗ねるな」
「くそ、あーもう腹立つ」
「リーダーが、この前の仕返しだと言っていた。男親とはそういうものだと言ってはみたが、あの年では分からんだろうな」
「しみじみ言うなよ。お前は男じゃん」
 言葉とは裏腹に、その桂の父親には後ろめたいことを昔からそれはもうたくさんしてきたので、銀時の言葉には覇気がない。本当に、昔の桂は今思い返してもどの女の子よりも可愛かった。その桂に、色々と親にはとても言えないことをしてしまって、出会って二十年以上が経とうかっていうのに今もまた性懲りもなくこうして一緒にいる。
「お前の今の恰好を、お前の父ちゃんが見たら俺殺されるかも」
「長らく会っておらんし、見ても俺だと分からんかもしれんぞ」
「絶対わかるって。お前母ちゃんにそっくりだもん」
「そうか、まぁ生きていれば御の字くらいで思ってくれていればいいな」
 どの道お尋ね者として俺の名は届いているはずだ、と言う桂に銀時は複雑な気分になる。
 そんな銀時の頭を桂が撫でる。やさしい手つきにあやすように髪を梳かれて、銀時は目を閉じて小さく息を吐いた。
「ところで銀時、年頃の娘の気遣いを無駄にするつもりか?」
 その声に目を開けると、桂が天井の灯りを背に不敵に笑っていて、「んなわけないだろ」と銀時は目の前にある桂の細い腰に腕を回してその体を引き寄せる。
 薄い胸にとんと額を付けると、その奥で心臓の音がした。さらに距離を埋めるように桂がソファに片膝を乗り上げて、銀時は長い黒髪を引っぱって顔を引き寄せてキスをする。
 だってしょうがないじゃん、こいつが俺のこと好きなんだし。
「クリスマスイブだしな」
 唇を離して、そう言うと桂が笑った。