昨夜の夢、にしてはやけに鮮明に覚えているし、今もまた二人の体に影響を与えているならただの夢と言うべきではないのかもしれない、 銀時はその原因と思われる出来事を思い起こした。

昨日もいつもと変わらず、いつもの部屋でいつもの布団で、普通に眠りに就いたはずだったのに。 気が付いたのは黄色くて広い、上も下も分からないような何もない空間で、布団に入った時と同じ寝間着姿の銀時と桂が立っていたのだった。
その時点でとても嫌な予感がした。 一面黄色く塗りつぶされたような、地面と壁の境目すらわからないただっ広い空間にわけも分からず放置されていい予感がする奴もいないとは思うけれど。 桂も辺りを見回しているものの、二人の視界にはただどこまでも広がっているように見える空間があるだけで互いの姿以外は何も見つけられなかった。
「どこだここは?」
「どこだかしらねーけど、こういう場合は決まってロクでもねぇことしか起こんねーんだよ」
あーちくしょ、前にもこんなことあったよな。真っ黒とか真っ白とか真っ赤とか、そういうときはロクでもないやつが現れるとか、 ロクでもない状況に陥ってるとか、いままでの経験を振り返ってみてもやっぱりそんな悪い予感しかしなかった。
そう喚く銀時と、まぁ落ち着けと言っている桂にどこからともなく小柄な姿が歩み寄っていた。
ふと、足音もなく近づいてきたその存在に気がついて桂が目を見開く。 その隣で、同じようにそれを目にした銀時はそんな桂の様子と、いつの間にか側にいた小さな姿を見比べてウンザリと溜息をついた。
「ほら見ろ」
やっぱりそうじゃねーかと銀時は呟く。二人の目の前に現れたのは小さな猫で、そいつは小さな歩幅でトコトコと近寄ってくるところだった。
銀時だとて猫が嫌いなわけではない。それどころか、自ら猫になった経験からか、以前よりも親近感を持っているくらいだ。
けれど、それはあくまで普通の猫限定だ。頭のてっぺんと尻尾の黒い白い、どこかで見覚えのある気のするその猫は、猫に相応しくない二足歩行で二人の前まで来ると 人間がお辞儀するように猫背をさらにクルリと折り曲げた。
顔を上げた猫が目を細めて二人を見上げると、口を開いて小さくとがった歯を覗かせた。
「先日はホウイチさんとかぶき町の猫を助けてくださってありがとうございましたニャン」
そんな変な猫が人間の言葉で話しだすことは何となく予想していたので、銀時は投げやりな気持ちで驚いてやるもんかと思った。
「どういたしまして。つーかどこだよここ。こういう異次元的なとこにホイホイ召喚すんのほんと勘弁してほしいんですけど」
「こら銀時、猫殿に対してそう邪剣にするものではない」
そう言う桂の表情からは、目の前の毛むくじゃらの小動物を歓迎しているのがありありと窺えた。 こんな明らかに普通じゃない猫に対しても、桂はいつもどおり肉球を触らせてもらえませんかとでも言いだしそうだ。
「失礼いたしました。お二人にお礼を言いたかったものでこんな所へお連れしてしまいましたニャン」
自分が猫だった時のことを棚に上げて、二足歩行で人間語を話す猫の姿はどうにも奇妙な感覚だった。しかも、いちいち取ってつけたよう語尾がわざとらしい。
「ということは貴殿が先日俺達を猫にした犯人ということだな」
そんなことは気にもしていない様子の桂の問いに猫がうなずく。良く見るとその猫の体の模様はホウイチのものとそっくりだった。
「そうか、テメェが元凶か」
二人を猫の姿に変えたのは、今目の前にいる変な猫だということ、そうと分かると銀時は猫にされた怒りが蘇った。
おい、ちょっと殴らせろ、と言いだした銀時の腕を桂が掴んで止める。
「銀時!貴様こんな愛らしい肉球殿に対して何てことを言う。肉球殿にもホウイチ殿を救いたいという思いがあってのことだぞ」
「んなこといったって」
わけもわからず野良猫生活を強いられた上、一時は猫の姿のまま戻れないのかもしれないと思ったのだ。ホウイチのことは人間に戻った今でも良い友人だと思うし、 かぶき町の猫を救うことができたことを後悔してはいないが、それとこれとは話が別だった。一発くらい殴らないと気が済まない。
「ちょっと立ちションしたくれぇでお前、こっちは一生猫のまま生きて行かないといけねぇかと思ったんだぜ。一生を棘チンコと共にしないといけないのかと思ったっつーの」
「ふむ、そう思うとそれもなかなか悪くはない」
「どこが悪くねぇんだよ!お前、さんざん俺のこと引っかきやがったくせに」
「それはまぁ、反射的に……。だって本当に痛かったんだからしかたなかろう」
言いあう二人の前で再び猫がペコリ頭を下げる。その身振りは妙に人間臭かった。
「その節はすみませんでしたニャン。こちらも焦っていたもので」
「気にするな。それに、無数の人が集うこのかぶき町から銀時を選ぶとは貴殿も中々いい目の持ち主だ」
そう言って猫に微笑みかける桂に、銀時は居心地が悪くなる。何が悪いかと考えると、やっぱりいきなりこんなところに連れてこられたことが 一番悪い気がしてさっさと戻してくれないだろうかと思った。
桂の言葉に猫の方も安心したのか、笑ったように目を細めた。
「お礼に、何かできる事があればと思いこうして二人をお呼びしたニャン」
「ほう、猫の恩返しだな」
そう言って桂が嬉しそうな顔で、銀時お前は何かして欲しいことはないかと尋ねる。
「いやウチ、確かに火の車だけど猫の手をかりるほどじゃないんで」
「あまり大したことはできないニャン」
「はぁ、まぁ、猫だしね。何ができんの?」
「そうですニャァ、例えば体の一部を猫化することが可能ニャン」
「猫化?」
銀時が問い返すと、猫はまるで胸を張るように弓のように反り返った。
「人間の体に24時間程度、猫耳やシッポを生やすことができるニャン」
「どこの風俗店だよ、そんなもん呪いじゃねーか」
「ニャ!そこいらの風俗店とは違います!先っぽまでしっかり神経の行き届いた本物の猫耳だニャン!」
「あっそう」
興味のなさそうな銀時に猫は言い募る。例えばそちらの方に、と丸っこい前足で桂の方を指す。
「先っぽまで感覚神経の行き届いた敏感な、見た目もツヤツヤ高級感抜群の尻尾を生やすことも可能なのです!」
「こいつにシッポなんかつけてどうすんだよ、さらにウザくなるだけじゃねーか」
まさかこうも否定されると思っていなかったのか、あっさりと却下した銀時に猫の耳がしょんぼりと折れる。
「そうですか、人気商品なんですけどね」
そう残念そうに言うと、猫のシッポも力なく地面に垂れた。
「他に何かないの?」
「………」
まったく食いついてこない銀時の問いに、猫は黙ってしまう。
「つーか人気商品って、人間相手に商売でもしてんのか、もしかしてネコマタの類ですか」
まるでそこいらの風俗店のような提案をする猫に、銀時は胡散臭さを募らせていた。 途中から猫語が消えかけているのも気になる。
「まぁ、猫の世界も色々とあるんですよ」
誤魔化すように目を細める猫は、子猫の見た目のくせにやけに老成した雰囲気を漂わせていて性悪、という言葉が銀時の頭に浮かんだ。
しかし銀時に反して、横で聞いていた桂はそんな猫の提案に興味深々だったようだ。
「素晴らしいではないか、ぜひ銀時に肉球を付けてください」
「おい、勝手に何いってんだ」
桂の言葉に、垂れていた猫のシッポもピンと復活する。
「それならお安いご用だニャン。触り心地のよい最高級の肉球をお付けしますニャ!」
やっと自分にできる事をリクエストしてもらえた猫がイキイキと答える。
「冗談じゃねーよ、肉球なんて付けられてたまるか。そんなもん付けるくらいならもっかいチンコに棘はやしてください」
桂の願いが聞き入れられては堪らない、と慌てて銀時が訂正する。それにどうせ付くなら、もっと使えるモノの方がいいに決まっている。
「あ、ズルイぞ銀時!肉球殿、銀時の全身をモジャモジャにしてください」
「はぁ?何だよモジャモジャって!?」
「全身からフワフワの毛が生えたら可愛いではないか」
「いや、絶対可愛くねぇよ。おい、ウゼ―からこいつを猫語しか喋れなくしてくれ」
「残念ながら全身は難しいニャ。全身の50パーセントを超えたら猫の方の体に引きずられて全身が猫化してしまうニャン」
そんな風に言う猫を前に、その後も二人でアレコレと注文を付けていた気がする。最後の方はあまり覚えていないが、表情の読み取れないはずの 猫の顔がだんだんウンザリしたものに変っていったような気がしないでもない。
そして結果は、見ての通りだった。


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