目が覚めたら別人になってましたというのは、残念ながら初めての経験ではない。そのおかげと言うべきなのか、銀時は状況を理解するのは割と早かった。屯所のあまり綺麗でない便所の鏡で確かめたので間違いない。瞳孔の開いた鋭い目つき、己のものではない黒い真っ直ぐな髪。俺は今、真選組副長土方十四郎の体の姿になってしまっているらしい。 「どうなってんだ……」 とはいえ、振り返れば心当たりは一つしかない。昨日定食屋で俺とこの体の持ち主である土方は一緒に魂ってやつになっていた。自分の体を見下ろすことができたんだから、間違いなく俺の体と魂は分離していたのだ。 すぐに親父に魂を体に戻してもらったはずなのに、今この状態ということはつまり。 「くっそ、あの親父テレコにしやがったな……!」 たぶん今頃銀時の体には土方が入っているんだろう。 「へぇ、じゃあ今ここにいるのは土方さんに見えて万事屋の旦那だってわけですか?」 「そーゆーこと」 銀時の言う事を信じているのか分からないが、総悟が面白そうな顔で俺の話を聞いている。 「まぁ確かに今の土方さんからはいつものムカつく感じはしませんけどねぇ」 「そりゃよかった」 「そうだ、いっそここで今その体を始末したら旦那の魂は戻れるんじゃないですか?息の根止めるのなら手伝いますぜ」 その前に一筆、副長の座は俺に譲るって書いといてくださいねと沖田が小さな机から紙と筆を持ち出してくる。 「そんな勝ち目の薄い賭けは遠慮しとくわ」 体と一緒にあの世へ逝っちまったらどうすんだ、そう言って銀時は立ち上がる。 「どこへ?」 「決まってんだろ、戻る方法探しに行くんだよ。いつまでもこんなとこにいたってしょうがねぇし、お前らと違ってこんなむさ苦しいとこに居たくねェんだよ」 そう言って部屋を出ようとすると、沖田に呼び止められる。 「忘れてますよ」 沖田は部屋の隅に立てかけてあった刀を示す。俺と違って副長は敵が多いですからねェと含みのある顔で言われて、気は進まないが重いそれを腰に差して今度こそ部屋を出た。 廊下ですれ違う隊士たちは銀時の顔を見ると、あからさまに背筋を伸ばして早足で遠ざかって行く。鬼の副長と恐れられる男の顔は、今はさぞかし不機嫌なツラになっていることだろう。 「ったく、あの親父はどこにいやがんだか……」 屯所を出た銀時は思いつく所から当たってみようと、まずは昨日葬儀を出したばかりの定食屋へ寄ることにする。いつも掛かっていた暖簾は仕舞われたままで、店先に置かれたメニューのサンプルだけが定食屋の名残を残している。たしか跡を継ぐ者もいなかったはずなので、もう二度とこの店に暖簾の掛かることはないんだろうと思うと銀時の胸に一抹の寂しさが過る。 親父はどこにいるのか。昨日はあっさり姿を現したくせに、今はしんと静まりかえるばかりで何の気配も感じられない。店にも鍵がかかっているのを確かめて、まさか人をこんな姿にしたまま成仏しちまったんじゃないだろうなと嫌な考えが頭に浮かんだ。 一生このままの姿でいたとして、気付く人間は果たしているだろうか。そんなことを考えてつい弱気な思考になるのを、慌ててバカバカしいと振り払う。きっと万事屋には銀時の体に入った土方がいるはずで、自分の体に会えば自然に元に戻るかもしれないと、銀時は己に言い聞かせる。 定食屋が空振りに終わったのだから、次向かうべきは万事屋だ。頭ではそう思ったのだけれど、銀時の足は自然と万事屋とは反対の方向へ向く。 なんとなく、桂に会いたくなった。 後を着けられないように細心の注意を払って、銀時は桂の家へやってきた。尾行の気配を窺うが、着けられてはいないはず。それを確認して、銀時は表札のない玄関の門をくぐった。狭い庭ではさるすべりが暑さにも負けず鮮やかな赤い花を付けている。 顔が見たくなった、最初はそんな単純な動機で会いに行こうと思ったのだが、道すがら色々な考えが浮かんでくる。 こんな姿でも銀時だと言えば信じてくれるだろうか。信じてもらうにはどうすればいいだろう。突然現れた土方の存在に、桂はきっと驚くだろうと思うと、銀時の中に少しばかりイタズラ心が湧く。 呼び鈴を鳴らして玄関の戸を開ける。不用心というか、鍵は掛かっていなかった。どんな反応するだろうかと、声をかけずに中の様子を窺っていると、家の奥で人の動く気配がした。 かすかな足音。桂は廊下の向こうから、呼び鈴を鳴らしたきり声をかけるでもない訪ね人を警戒しているに違いない。桂の近づいてくる気配に、銀時は逸る鼓動を抑えてぎゅっと掌を握った。足音が近づいてくる。 「誰だ……?」 静かに問いかけた桂は、こちらの姿を認めた瞬間表情を厳しいものに改める。二人の間にある空気が張り詰める。 >>3 |