気がつくと、ズキズキと頭の一部が痛かった。起きぬけから頭痛に顔をしかめたのはこれが初めてではない。つい最近にもこんなことがあった。 ざわついた周囲の声が頭の中を素通りしていく。 ぼんやりと滲む視界の端で、何かがキラキラと光っている。ときおり目を刺すような鋭い光に、眩しさに目を眇めると歪んだ視界はそのまま黒に塗りつぶされた。
誰かが自分を呼ぶ声が懐かしく耳に響いた。

夢の世界に幾度となく登場する舞台というのがある。誰しもそういう場所があるのかどうかなんて確かめたことはないが、銀時にはあった。 それは日常世界を舞台とした夢の世界に溶け込んだ、本来は存在していない場所であり、例えばかぶき町商店街の(本当は無い)二階建の大型書店、2丁目の通りにある(去年つぶれた)鯛焼き屋、 隣町の(あるかどうかも分からない)パチンコ店。それらは夢の中で何度となく訪れる機会がありながら、現実には存在しない場所だった。 いくつかのイメージや記憶が混じり合ってできたのか、時折夢の舞台に登場しては、あぁこれは夢だと見ている間、あるいは起きた後に感じて、 まただと思いつつ特に気にかけることもなくすぐに忘れて行く。所詮夢の中なのだから、少々現実世界と違っていようが特に支障はないからだ。
長々と何が言いたいかと言うと、今居るここが『そういうの』じゃないっていうことだ。

目が覚めたのは白いシーツの中だった。見上げているのはやけに高い天井。 慣れ親しんだ我が家のせんべい布団や、他のいくつか思い当たる場所とも違う感触に違和感を感じながら、 どうしてこんなとこで寝てたんだっけと眠る前のことを思い出そうとして、うっすらと頭に浮かんだのは光と頭痛の記憶だった。 思い出すと同時に忘れていた鈍い痛みを自覚して、銀時は顔をしかめる。 寝ていたパイプベッドを軋ませながらずり上がるように身を起こす。 部屋はシンとして、誰もいないようだった。 辺りを見回しても、白を基調としたその部屋にはやはり見覚えは無い。 隣のベッドとの間を仕切られた白い布製のパーティションと壁に貼られた視力検査表を見て、こじんまりとした診察室のようだと思った。そういえば、少し薬品の臭いがするような気もする。 ベッドから降りようと思うと、ちょうど良い場所にスリッパが揃えて置いてあった。 この辺りで見下ろした自分の服装からなんとなく予感はしていたのだが、そのまま秋めいた濃い青色の空が見えている窓辺に歩み寄る。透明な硝子に、自分の姿が写って見える。 そこから見渡した風景に見慣れた江戸の町並みは無く、見えたのは、だからと言って見たことが無いとも言い切れないグラウンドと人の群れ。 これによく似た景色を見たことがある。
とはいえ、どんな荒唐無稽なことだって、一度目より二度目の方が嫌でも余裕が出てくるものだ。 改めて室内を見回すと、銀時が寝ていたベッドの足元側の床に、これまたいつか見た覚えのある大きな紺色のバッグが置いてあった。 部屋の外から近づいてくる、少し早足の足音を耳が拾っている。銀時は半ば確信していた。
きっとあれは。
予想通り、足音はちょうどこの部屋の入口の前で途切れ、ドアにはめ込まれたすりガラスに人の影がうつる。 そろ、と開けたドアの隙間から起きている銀時の様子を見つけて、ガラリと一気にドアは引きあけられた。 現れたのは予想通り、さっきまでだか昨日までだか分からないけれど、とにかく銀時にとって見慣れた姿よりも幼い桂の姿だった。 その姿に安堵と、またかという落胆を半分ずつ覚える。 同じようなことが前にもあった。 前と違うのは、太陽の下で光るような白いシャツを着ていた桂が今は上下とも黒いカッチリとした服を着こんでいて、そのせいで相変わらず長い黒髪と相まって重々しい空気を纏っているような気がすることくらいだ。
「ヅラ」
桂はいつもならばすかさずヅラじゃないと否定するのも忘れているようで、こちらを心配そうにのぞきこむ。 そして、
「先生、大丈夫ですか?」
桂の口から出た言葉の衝撃に、再び銀時は意識が遠のく気がした。



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