「心配ですから泊まっていきます」 半ば予想はしていたけれど、そう言いだした桂の申し出を断ることが自然なのか不自然なのかも分らなかったので好きにすればと銀時は言った。 その結果、桂は自分で押し入れから布団を出してくるとテーブルを隅に寄せて、狭い部屋には今二組の布団が並んでいる。 銀時は途中から諦めてこれは自分の知っている桂だと思い込むことにしていた。よく考えればこの桂はこっちの世界の人物なんだから、一緒に訳が分からなくなっていた前よりは頼りになるはずなのだ。 実際銀時がここに来てからの行動は実にスムーズにいった。若干ママゴトじみた生活だとは思うが、ぱたぱたと動きまわる桂を見ているのは楽しかった。 世界を超えても味の好みは変わらないのか、冷蔵庫に入っていたイチゴ牛乳を晩酌にしながら銀時はくたびれた薄い布団に胡坐をかく。 洗面所からはドライアーの音が聞こえていて、こうして桂を待つのは前と同じだと思った。 風呂に入る時確認した結果、洗面所のに歯ブラシは二つ、青と黄色が一つのマグカップにおさまっていた。あまりのベタさ加減に思い出して苦笑いしていると、いつの間にかドライアーの音は止んでいる。 ドアを押し開ける気配がして、目の前につやつやと光る奇麗な形の足の爪が見えた。 「また寝る前にそんなもの飲んでるんですか?」 虫歯になりますよ、と少し火照って頬を赤くした桂が呆れたような顔をしている。 「まだ歯を磨いてないからセーフですー」 というか、青と黄色のどちらが自分のものか分からないし、とは言葉にせずに付け足した。分かったとしても昨日まで他人の体が使っていた歯ブラシっていうのも何となく倦厭してしまう。 銀時はいちご牛乳を飲み干してカラのコップをテーブルに置くと、布団にもぐりこんだ。 「あ、先生、歯磨き!」 「明日するからいいんだよ」 そんなことではいつか歯が全部とけてしまうしまうんだぞ!と桂の声が聞こえる気がした。もう、いっつもそうなんですから、と桂が諦めたような溜息をついている。 電気消しますよと声がして、カチカチと紐を引く音がすると豆球だけを残して部屋に薄暗い闇が下りた。 「一緒に寝てあげましょうか?」 電気を消し終えた桂が枕元にしゃがみ込む。身に付けている白地にチェックのパジャマの場所も、桂は銀時に聞かなかった。もうさすがに認めざるをえない、これは只の教師と生徒という関係ではありえないだろう。 ヤバいだろう俺っていうかこの世界の俺。確かに自分と桂はこのくらいの年で人に言えないアンナコトやコンナコトをやっていた記憶はあるけれど、でもこの年の差というか体格差はマズイ。 言葉に詰まっていた銀時に、ふっと桂が表情を崩す。 「冗談ですよ」 怒んないでください、と桂が視線を合わせるように顔をわずかに傾けた。 「先生をからかうのもいい加減にてください」 「はい」 すみませんと少し残念そうに笑う桂に、どうしたらいいのか分からなくて自分の割り当てられた役に嫌気がさしてきた。なんだってこんな顔をさせなくてはならないんだと息苦しさを感じる。 「先生?」 いっそ打ち明けてしまおうかと思う。自分はこの世界のことは何も分からない、と。 それとも、知らないふりをしてキスでもしてしまおうか。黒く光る瞳に覗きこまれて、そんな思いが頭をかすめた。他人の体だけど、それはとても魅力的だった。 「どうかしたんですか?」 薄闇で、黒い髪に飾られた白い顔を見上げる。 「いや、何でもない。お前ももう寝れば?」 言えるわけがない。結局男は好きな相手の前では虚勢を張ってしまう生き物なのだ。ましてや相手が自分より幼ければなおさら。 桂が大人しく隣の布団に潜り込むのに、ほっと胸をなでおろした。 狭い距離で向かい合う。すぐに手が届いてしまいそうだった。 「そんな心細そうな先生の顔、見たの初めてです。情けない顔はよく見ますけど」 「ちょっ、情けないとか酷いなお前……」 まるで見通されたような気がして銀時は顔をしかめる。ここにいるのがヅラじゃなってだけで、なんでこんなに落ち着かない心持になるのかと自分でも嫌になった。 どうやったら戻れるんだっけ。たしか前にこの世界と入れ替わった原因は階段落ちだったから、また同じようにそこらの階段かこの部屋の窓からでも落ちればもとに戻るんだろうか。さらにベタに曲がり角で頭をぶつけようにも、一人ではそれもできない。 そんな銀時の内心を知るはずもない桂は心配そうに眉根を寄せる。 「頭まだ痛みますか?こういう時って心細くなったりるすんですよ」 薄暗い闇の中で桂が言う。こうして見ていると、顔はそっくりなのに表情が違った。あいつはもっと笑うにしろ怒るにしろ瞳の力が強いと思って、それがここに無いことを寂しく思っている自分に気付かされてしまう。 「それって病気の時の間違いだろ」 「似たようなものです」 大丈夫、こんなの寝て起きたら治っちゃいますよ、と桂が幼い微笑みを浮かべる。それはやはりどこか楽しそうで、安心すると言うよりはただ銀時の胸を温かくした。 「おやすみなさい。明日、ちゃんと起きてくださいよ」 「起こしてくれたら起きる」 そして、できたら元の世界で目を覚ましたいと思いながら、銀時はおやすみと呟いた。 小さな部屋は二人が口を閉ざすとしんと静寂に包まれてしまう。電気を消しても、街灯が外から部屋を照らすのは相変わらずだった。気が張っていたからか、睡魔は意外とすぐに訪れた。 目を閉じてウトウトとしている時に、桂の声がそっと鼓膜を震わせる。 「先生、早く返してくださいね」 そう言った声を確かに聞いた気がしたが、確かめることは叶わず心地よい眠りに落ちていった。 >>4 |